「おおヨハネス、お帰り。久々の話せる島はどうだった?。」
ハーディンの私塾の入り口に立つセイクレッドに声をかけるハーディン。
が、いつもなら「疲れたー」だの「もう年ねぇ」と言い出すセイクレッドが無言の
ままな事に首を傾げ、心配をして近寄る。
「どうした?何かあったのか・・・?」
いつもと違い、覇気もなく思いつめた様子のセイクレッドに弟子たちも
心配そうな視線を投げかけ。
そしてしばらく黙っていたのち、セイクレッドが短く、一言だけ言葉を吐いた。

「ハーディン、頼みがある。」


その日から、20年の時が流れた。








「ヨハネス、客が着ているぞ。」
その言葉に本から視線を外し顔を上げる女性ヒューマンメイジ。
「・・・客?また神殿関係者?」
うんざりした様子で言う彼女にハーディンは優しく告げる。
「クリス君だ。」
ハーディンの口から出た弟の名に少し表情が緩む。それに気づいたハーディンもまた
穏やかに笑った。
「入り口で待たせてある。私は茶でも入れておこう。」
「悪いわね。」
そういい残し、私塾の入り口へと向かう。
もう何着買いなおしたか分からないデーモンローブと何度も修理した彼女の残した
ピアスを揺らして。

「あ、姉さん!久しぶり!」
入り口で待っていた40代半ばくらいであろうデストロイヤーの男性がそう言って手を振って見せた。
姉さん・・・そう呼ぶには余りに外見の年齢があっていない。
何故なら・・・・そう、ハーディンがヨハネスと呼ぶこの女の外見は未だあの頃のまま
30代前半のまま、一切の時の影響を受けてはいないのだから。
「久しぶりね、クリス。入って?今ハーディンが茶入れてるわ。」
「うん、お邪魔しますー」
そう周りいる弟子たちに軽く頭を下げると「ようこそいらっしゃいました」などとお決まりの
言葉をかけられる。
「おお、ちょうど茶が入ったところだ。積もる話もあるだろう、私は弟子たちの教えに戻るぞ。」
「ありがとうございます。ハーディンさん。」
姉とは対象的な弟の礼儀正しい挨拶に穏やかに微笑むとハーディンは部屋を出る。

「それで?今日はどうしたの?」
茶を飲みながら頬杖を付、セイクレッドが切り出した。
「あ、そうそう。ダーナが動けないから僕が来たんだけど・・・あ、このパイ美味しい。
お母様の3回忌これないかって。僕も一緒に行くからさ。」
セイクレッドが3時の弟子たちのおやつに焼いておいたアップルパイもハーディンなりに気を使い
弟子たちによりゲストに。そういう考えで切っておいてくれたらしくテーブルに用意されていた。
「悪いわね。私は遠慮するわ。」
そう、クリスの申し出をうつむき加減の目線のまま静かに拒否する。
「・・・・気にしてるの姉さん、僕らだったら周りがどうこう言おうと構わないし・・・。」
「そうじゃないわ・・・でもこれ以上パブテスマの名を汚す事はお父様もお母様も嫌だろうし。
それに墓にいった所でお母様と会えるわけでもないしね。」
最初からあまり強要するつもりもなかったしそれ以上姉を説得しようとする事は
傷つける事になるだろうと思いクリスは「分かったよ」そう笑った。
「それじゃそろそろ僕戻るね、今日攻城あるから早めにギランに戻らなきゃ。」
「あ、私も一緒に行くわ。そろそろうちの新人さん動き出す時間だから。」
クリスに続き、席を立つ。
「新人さん?BUFF援護?」
「ええ。まぁ・・・ね。。盟主不在だからね。私が面倒見てあげないとさ。」
若干歯切れの悪い口調で言うセイクレッド。だがクリスはその意味を理解し、
それ以上追求する事はしなかった。



20年前のあの日、自分の盟主をその願いに従い納得しないままセイクレッドは
彼女消した。
正確に言えば彼女が生きている為に必要だった「力」を封印し
そして力をなくした彼女は消えた。
『失われた歴史』その中でしか記されていない天使の名を持つ彼女を。
もう生きていたくない・・・その彼女の言葉にセイクレッドはその選択を選んだ。
悔やんでも後悔してももう彼女が戻ってくるわけはなく・・・そしてセイクレッドは
一つの覚悟を決めた。

『本当によいのか?お前は神聖生物・・・・アデンでも貴重な力を持った者であろう。』
ハーディンにそれ以上言うなという目をセイクレッドは向けた。
『仕方ないわよ・・・。神聖生物ったって、結局とどの詰まりは【ちょっと神聖の力を
神様からもらっちゃったヒューマンの子孫】なんだし。これしか方法ないわ。』
陣の中央にどっかりと座り込むセイクレッドを
何かの魔法書のページをめくりながらハーディンは複雑な表情で見る。
『・・・相反する黒魔法を使えば、お前自身どうなるかも分からぬ。
よくてもその力は失われるであろうし、悪ければ力の反発でお前は消滅するやも・・』
『ハーディン。』
その言葉を止めるようにセイクレッドはその長い友人の名を呼ぶ。
『そんな事・・・全部承知の上よ。私が何年、この私塾の書庫にいついてると思ってるの?』
『そうだな・・・。』
『悪いわね・・・嫌な役押し付けちゃって。』
わずかに睫毛を伏せて言うセイクレッドにハーディンは友として穏やかに微笑んで見せた。
『かまわぬ。ここで消えるのであればその程度の者であっただけの事。』
流石に何年生きてるか不明なだけあって落ち着いた言葉が最後まで気にしていた
ハーディンへの申し訳なさを軽くした。
『は、言ってくれるじゃない。』
『それに・・・だ。お前の事だ。また今までの常識を覆すのであろう?
とてもお前が死ぬだの消滅するだの想像ができん。』
セイクレッドは立ち上がり、スカートの埃を払いながらその言葉に答える。
『あいつの口癖だったわ・・・やるか、やらないか。・・・常識なんて知ったこっちゃない。
やらなきゃ私の気が済まないのよ。パブテスマの血筋はダーナがまだいるわ。
私が力をなくしても神聖生物の血は受け継がれて行く。問題ない。
生きられりゃいーのよ。生きていられれば・・・。』
その言葉を聞きハーディンは笑った。
『お前がそこまで生に執着を見せるのは初めてだな・・・。』
『あ?あーそうかもね。あはは。』
ようやく、弱弱しくでも笑ったセイクレッドに向けハーディンはその手を伸ばす。
『始めるぞ、ヨハネス』
『ええ。』

   私はまだ死ぬわけにはいかない
   パアグリオに誓いあいつを待つと決めた


   それまで私は、INESSの名を守る