11、「ヨハネ」と、「セイクレッド」と、「オノエル」


「・・・オノエル、手を離して。」
「え。」
その静かに放たれた声に驚いてオルは手を離した。
「アデンに友達いるかもって言ってたよね。多分ラズもいるはず、連れてきて。
それまでは死んだって生き残っててみせるから。ボクも、セイクレッドも。」
「おねーちゃん・・?」
「任せたよ。」
そう言い残して元の方向へ走り出したヨハネの後ろ姿を見てわずかに目を見開いていたオルだが
すぐに涙を拭いて帰還スクロールを開く。自分に今出来ることをしよう。
彼女がよく言っていた様に。




「きりがないわね・・・。次から次へと・・・・!」
元々オークとのハーフだからこそだろう、その戦闘センス。そして以前の様に「神聖生物」としての力を使うわけには
いかないにしても、生来の体に流れるその血の力は対アンデット戦での物理攻撃でも
多少なりとも+の力になっていた。
だからこそ、意識を飛ばした方が楽なはずの傷を負ってもなお、剣を握り締めてそれを振り続けていた。
あいつらは逃げ切れただろうか。途中で余計なのひっかけてなきゃいいけど。
そう頭によぎりながらも集中しようと目の前を見る。
倒すそばからモンスターを集めてこちらへ向かってくるドワーフの姿には見覚えがあった。
フェイクデスを繰り返すその女の装備を見て魔力の限界はあと3回という所か・・・耐え切れるか。
まだそんな計算をするくらいの余裕はあった。
何の因果だろうか、よりによってあいつが消えた原因の奴にあいつといる時にMPKしかけられるなんて。
だが、よかったのかも知れない。
あの時あいつを支えられなかった私が今度はあいつを逃がせた。
十分だ。
・・覚えていなくてよかった。覚えていればきっとあのドワーフの姿を見て
きっとあいつはまた傷ついたから。
そして覚えていない今なら、私が死んでもそれほどあいつは苦しまずに済むだろう。

   『何をしているのですか、パブテスマの末裔よ。』
  
「・・・スリエル・・・・か?その声は・・・・?!」
頭に響く、覚えのある声。手を止め答えたセイクレッドだが目の前に迫るドゥームナイトの槍を慌てて
剣で受ける。

   『私が彼に託した力を甘く見てもらっては困りますね』

「は?!何言ってるのよ!私はあの日から体の内に魔族飼ってんのよ?!」
 
   『そのくらいの事を監視者たる私が知らないとでも?』

「知ってて言ってるわけ?!魔族飼ってる私が両極にあるパブテスマの力を使えばその反動は
最悪この周辺が地図から消えるわよ?!」

『強い願いは時に世界の全ての常識すら変えうる・・・・そう、彼女のように・・・。』

「何・・?何の話・・・?」

  『これで、全ての「ヨハネ」の祈りは叶いましたよ』

「かもん!森のお友達ぃ!シーラ!!!!ソニック!!!!」
オルたちが走り去った方向から、声があがる。
「ホーリーアーマー、ガードスタンス発動・・・!」
目の前のモンスターをかろうじて倒し、膝をつきながらも振り返ろうとしたセイクレッドの目の前に
声の主が立った。
「ヘイトオーーラぁ!!!!!」
セイクレッドに向かってきていたドゥーム族が一斉にその方向を変える。
顔を上げた彼女の目の前に立っている、ヨハネに向かって。
「あんた・・・!」
「ボクが受ける、ブレスシールドだけ頂戴。・・・ごめん、セイクレッド。遅くなって・・・!」

  『ボク』と言った

  『セイクレッド』と呼んだ

彼女は間違いなく
彼女だ。

「アルティメットディフェンス・・・・!」
そう声を上げた瞬間、彼女自身が光を放つ。
ナイト職の爆発的に一時の間防御力を跳ね上げさせるスキル。
「シーラ!ボクより彼女の回復を優先して!ソニック!ターゲット合わせてね!」
『注文が多いね毎度毎度・・・。』
『最後の召還にならない事を祈るよ。』
二つのキューブが呼応する。向かってきたドゥーム一族の攻撃をその身に受けながらも
サムライロングソードを振るう。
キレた時の、あいつの瞳、そのままに。
「あ・・・・・A tallde rizhana riric・・・・E anai deshana ziephan・・・・」
ライフキュービックの光の中、立ち上がりながらセイクレッドは詠唱を繰り返す。
魔力は残ってる。テンプルナイトに必要な魔法も分かってる。
「A anai de shana riric・・・・!Isheva hla hatariya riric・・・!!!!」
痛みはある。自分のヒールに当てるMPなんてない。
それでも奴は私をセイクレッドと呼んだ。

もう迷う理由がどこにある?

『ヤルダバオト・・・・パアグリオ・・・スリエル・・オノエル・・・そしてINESS』
デスブレスソードを地面から引き抜きながら祈る。
『私に力を・・・!』
「誰があんた一人に任せていられるか!!!!」
ドゥームトルーパーに後ろから切りかかる。
背後からではヨハネの攻撃している対象は見えないが、ストームキューブの風の力で
見切る事は可能だ。そしてそれが倒れればヨハネの背後に回る事も。
「セイクレッド!」
「マイシー、ヘイスト、デスガイ、ブレボ、ホーリーにブレスシールド。他にいるものあるかしら?」
「・・十分。もうすぐUDきれるから、切れたら1方向に誘いこんでまとめる。」
「わかったわ・・・キューブのヒール自分に当てなさい、ヘイトのMPは残ってるんでしょ?」
「ごめん」
「大丈夫よ、戦えるくらいは回復してもらったわ。」
「シーラ!」
『・・・本当に注文が多いわ・・・。仕方がない。生き残らないと文句も言えないし。』
アルティメットディフェンスの光がはじけたと同時にヨハネはヘイトとオーラを叫びながら
走り出す。
その後を追いながらセイクレッドは小声で本来の力の詠唱に入る。
『信じてやるわスリエル、これで暴発したらマジ恨むから。』

「立ち上がりし炎よ、悠久を渡りし風よ、世界を流れし水よ、生命を育みし大地よ、」

その間にも手を止めず、ヨハネの目線を確認しながら切りかかる。

「昼の陽は猛る命を守り、夜の月は安らぎをもってその命を浄化せん。」

やがて崖壁を背にヨハネが立ち止まり、その横にセイクレッドは立つ。

「我神聖の魂はその歩、進めし全ての道を浄化し、聖域となさん。
命は生きる為に、想いは遂げる為に等しく等しく全ての者に与えられん。」


目に見えて出血の増えるヨハネを横目で見ながらシーラの回復では
長く持たない事は明白だった。

「ならば、届かぬ想いを紡ぐは洗礼師の定め。
パブテスマが聖女、ヨハネスの名を持って今、その理を成す・・・・!」


20年使ってないとか、魔族と契約してるから威力が落ちてるかもしれないとか
そんな事はどうでもいい。
『やるか、やらないか』ただそれだけの話だ。

「聖域(サンクチュアリ)!!!!!」

詠唱に気づきヨハネが一歩引いたところで前に出てデスブレスソードをドゥーム一族の方向へと向ける。
とたんに動きが鈍くなり、混乱した様子を見せる。
「久々じゃこんなもんかしらね。」
「あとは地道に切り倒してオルを待つしかないかな?」
「そういうわけにもいかないわよ。あれ。次かき集めてるわよ。」
「・・・あれって・・・・。」
予想通りか、そのMPKerの姿を見て目を見開いたヨハネにセイクレッドははっきり言い放つ。
「迷う理由も、混乱する理由も、あんたが傷つく理由もないわ。
あんたが消えて何人あんたを探したと思ってる?何人あんたを待ったと思う?
あんな奴の為に傷つく暇があったら、待たせた私たちに謝罪でもしなさいバカ。」
片手を腰にあてて、セイクレッドらしいえらそうな口調で放ち、そして笑い。
再び剣を構える。
その剣が、自分がかつて握っていた剣だとやっと気づき、ヨハネは目を伏せてから前を向く。
「セイクレッド、とりあえずここ一掃できる?」
「当然・・・!」
聖域の力で動きの鈍くなったモンスターにヨハネは切りかかり、その間に自分の指先に剣を滑らせた
セイクレッドがその血を振りまきながら真っ直ぐに前を見詰め、強い想いを唇に乗せる。
制御出来る。暴発なんて絶対させない。不発なんて持っての他。そう強い意志を込め
詠唱というには不似合いなほど、シンプルな言霊を。
「パブテスマの名において・・・INESSの光よ、悪夢にさえも祝福を・・・!」

公式ストーリーとか設定を完全に無視した神聖生物一族のセイクレッドの得意技。
範囲のディスラプトアンデッド(しかも超強力)

ほぼ、全てを一掃したのを確認して二人は動く。
いくら倒し続けても少し離れたところで再びかき集めているあのバウを止めない限り
倒れるのは自分たちだ。



「セイクレッド!!!!」
突然ヨハネがセイクレッドを突き飛ばした。
倒れながら見たのは自分の背後で槍を振り下ろす瞬間のドゥームナイト。
また、私はこいつを守れないのか、守られて、そして失うのか。
そう思ったが。


「きたね・・・!」

ヨハネにそれが振り下ろされるより先にドゥームナイトの体を二本の矢が貫く。
そしてそれを分かっていた様にヨハネは矢の放たれた方向へ笑顔を向ける。
倒れたドゥームナイトが煙に変わる様子を見ずにヨハネはその方向へと
サムロンを立てて見せた。
それに気づいたのか、問題のドワーフは今までより少量のモンスターの時点でこちらに向かって
走り出した。
恐らく気づいているのだろう。ヨハネにではなく、INESS盟主代理のセイクレッドに。

だが。
「えびおじちゃん!投げて!」
オルの声がした、そして

ザザザザザザザ

誰かに投げられたらしく地面を滑り機用に着地し、手にしたポールアックスを
そのバウへと向ける。
とたんにフェイクデスをしようとするバウだがオルの髪を揺らし、その背後から
再び矢が放たれる。
「スタンショットぉ!うちのお姉様をよくもこんなズタボロにして・・・・!
誰が髪とか整えてると思ってるわけぇ?!」
スタンショットを決めてから走ってくるラズリ。
そしてその後ろに。

「るーおにーちゃん、AJおにーちゃん、おねーちゃんたちの回復お願い!」
「とりあえず俺ら邪魔なの掃除しとっかー。」
「ルーツするか?」
「殲滅のが早いでしょ。」
「んだな。」
「待機しといて正解だったね。」


A、B装備のヒヨコをぶら下げた一団。

問題のバウはスタン状態のため、自業自得にドム一族に攻撃をされているわけだが
ダメージを受けている様子はあまりない。
が、スタンが解けた瞬間オルが連れてきたPTの姿に気づく。
「消えろ!もう、お前なんかにオルちゃんの大事な人は傷つけさせない!」
オルが正面からにらみつける。
それを睨み返したと思えば、次の瞬間、その場からドワが消える。
「祝帰還したか?」
離れたところでオルの血盟員の一人が言う。
「・・・・ぁ。」
一斉にドム一族が見るのは目の前にいるオル。

「・・・・・ぅぁあ・・・・。」
冷や汗ひとつ。
「す・・・・スポイルフェスイティバル!」