8、届かない願い。



『聞こえますね、オノエル・ヨハネ・オルディウス・オルフェウス』
『オノエルさん!どうして?オルちゃんに何か言いたい事があったの?』
真っ白な空間。その中でオルは自分の内に眠るはずの『オノエル』そう呼ばれる
失われた歴史と向き合った。
『やはり・・・気づいていないのですね・・・。それを外しただけでは伝わりませんでしたか・・・。』
『これ?じゃぁさっきいきなり落っこっちゃったのってオノエルさんがやったの?』
指されたペンダントヘッドを握り締める。
『これはオルちゃんの宝物だよ!それを落としちゃうなんて神様でもやっちゃだめなの!』
むくれながら言うオルにそれは苦笑するような声を出す。
『分かっていますよ。だからこそです。・・・・彼女の声を、手を、思い出しませんか?』
『ふぇ・・?』
『彼女は、貴方たちが待ち続けていた彼女ですよ・・・・』
『え・・・・』
『月の名を掲げ続けた、貴方の大切な・・・・』
そこで気づいた。確かにそうだ。これを受け取った時懐かしい感じがしたのは気づいていたけど。
間違いない。あの冷たくて心地いいあの手は。
『私がしてあげられるのはここまでです。後は貴方たちで決めなさい。
どうするのかを。』
そう穏やかな声を最後に、オルには何も見えなくなった。


「オル?起きた?」
見慣れた天井。ギランの西の宿屋の部屋だ。
「おばちゃん・・・」
横に座るセイクレッドを見ながらわずかな間、夢と現実の間を区別出来ずにぼーっとした顔をしていた。
・・・が。
「おばちゃん!さっきのおねーちゃんは?!ピンクの髪のエルフの!」
がばっと起き上がりセイクレッドのローブを掴む。
「え・・・さっきまでここにいたわよ?今出ていったとこ・・・」
その剣幕に驚きながら答える。その言葉が終わる前にオルはベッドから転げ落ちるように降り、
素足のまま足をもつれさせながらもドアにかけよる。
「ちょっと!まだ動かない方が・・・・」
慌てて追うセイクレッドを見もせずにドアを開け廊下に出る。
その先には、さっきのエルフの姉妹の姿。

「よ・・・・ヨハネおねーーーちゃん!!!!!!」

ためらいもあった。迷いもあった。でもそんな事よりも大切な事があった。
「オル・・・あんた何言って・・・・。」
後ろから出てきたセイクレッドが複雑な顔をする。
しかし、確かに足を止め、彼女は振り返った。
「あ・・・体大丈夫?」
そして、少女が笑顔を向けて戻ってきたのもまた、事実だった。
「おねーちゃん・・・・。」
「まだ具合悪いんじゃない?ダメだよ、寝てなくちゃ。ね?オルちゃん。」
そう言いながらオルの頭を撫でる。
『やっぱり覚えてはいないんだ・・・・。』
そう思い涙が出そうになった。彼女は自分を「オノエル」又は「オル」そう呼んでいた。
「オルちゃん」という呼び方は、出会った頃わずかな間だけ呼んでいただけだ。
覚えていないのが悲しいのか、
本当にまた逢えた事が嬉しいのか、それすら分からなかった。
でも
「大丈夫!心配かけてごめんねぇ。」
笑って見せた。きっと今は話しても分かってはもらえないから。
何も覚えていない彼女には彼女であっても、彼女ではないんだから。



「オル、どういう事なの?」
少しの間、セイクレッドを放置してなんとか会話を繋ぎ、せっかくだから明日一緒に狩りに行こうと
半ば強引に彼女との約束を取り付け、オルは説得された事もあり
大人しく部屋のベッドへと戻った。
そのベッドに腰掛けセイクレッドは険しい表情のまま、それでもオルを気遣い
出来るだけ静かな声で言う。
「・・・・・オノエルさんが教えてくれた・・・。おばちゃん、あれはおねーちゃんだよ。」
オルは顔を隠すように布団に潜りながら言った。
「確かに『ヨハネ』の名に反応いていたけど・・・・どう見ても初対面な話し方だったじゃない。」
「多分・・・・生まれ変わったんだと思う・・・おねーちゃんくせっ毛だったし・・・。」
「それもオノエルが?」
「ううん、でも分かるよ・・・。あの人は・・・ヨハネおねーちゃんだよ・・・。」
強引に『オノエル』が表に出てきたせいもあり少し疲れているのだろう、
眠そうな声で言う。
「・・・・・・」
「おばちゃん、明日・・・来て。おねーちゃんと一緒に狩りに行くから。聞いてたでしょ?」
「ええ・・・。」
オルが自分の顔を隠している事もあり、セイクレッドは普段は出さない表情を表に出す。
他人には決して見せない強い戸惑いを。
「・・・おねーちゃんだって認めるか認めないかはおばちゃんが決める事だから。
でもオルちゃんは、ヨハネおねーちゃんだと思う。」
頭がいっぱいいっぱいなのはオルも同じ。そしてやっと見えてきた自分の後悔を絶望を、
塗り替える希望に手を伸ばしたいのも。
「・・・今日はもう休みなさい。明日、10時だったわね・・・。少し前に迎えに来るわ。」
「うん、おやすみなさい。おばちゃん。」
「おやすみ・・・。」
それだけ言い残しセイクレッドは部屋を出る。
オルの部屋のドアを閉めると見覚えのある姿を見つける。
「あれぇ?これはこれはオルのおかーたま〜」
ワインのビンを片手に酔っ払った姿には見覚えがある。
「確かオルの盟主だったわね。どうも。」
「オルは?飯来ないから呼びに来たんすけど〜。」
酔っ払い独特のハイテンションも、この状況だとセイクレッドでも疲れる。
「・・・オル、具合悪くてもう寝てるから。ついでに私は母親じゃないわよ。」
それだけ短く言う。その様子を見て
「・・・何かあったのか?」
そういきなり真顔になる。
「ちょっと・・・ね。悪いけど明日オル借りるわ。」
「それはいいっすけど・・・大丈夫か?顔色悪いぜ?何かあったんなら・・・」
「大丈夫だから。」
オルの盟主の言葉を遮るように言う。
「いやでも手伝いますよ?何かあれば。」
自分の血盟員の事だからと言う意味だろう。酔っ払ってようと盟主は盟主。
「INESSの・・私たちの問題だから。気持ちだけもらっとくわ。それじゃ。」
セイクレッドは表情を隠すように、そして逃げる様に俯き加減のままスタスタと廊下奥へと消える。
そのまま窓から、宿を出て行くセイクレッドを見ながら男はつぶやく。
「くおん、嫌な予感がする。・・・悪ぃけど明日オル尾行しといてくれねーか。」
その後ろから、なかなか戻らない盟主とオルを心配して来たのだろう
アビスの男が現れる。
「ばれたらまた変態とか言われるんじゃ?」
「もう慣れた。」
「・・・・了解。」