『本当によいのですか』
  『ええ。自分で決めた事です。』
  『私は・・・貴方に出逢えた事を心より誇りに思います。』
  『それは私も同じよ。再び目覚めの時が来て、それが例え何年後でも
  貴方の事は決して忘れたりなどしません。パブテスマ。』
  『いつか目覚めの時がくるまで私はこの名を守り続けましょう。
  そして願わくば私の子孫が貴方の護人とならんことを・・・・・・』




「ヨハネス、ヨハネス。」
「うー・・・・」
「起きなさいヨハネス。」
「あぁ?」
夢から現実に引き戻され頭をかきながら声の主を見上げる。
「あぁじゃない。全くまたこんなところで・・・風邪を引くぞ?」
ハーディンに言われ、周りを見回す。
そうやらまた書庫で眠ってしまったらしい。昨晩横に置いてあったランプはオイルが切れたらしく
もう消えてしまっていて古書を片手にひざに毛布をかけただけの状態で寝入ってしまったらしい。
「今・・・何時?」
「朝の4時を回ったところだ。眠るのならベッドに行きなさい。」
呆れたように言われ、立ち上がる。
「水浴びしてくるわ。」
「おい!ヨハネス?!」
呼び止める声を無視して部屋にかけてあるタオルを乱暴に掴み外に出る。
まだ外は暗く、こんな山奥のせいもあり人もいない。
それをいいことに岩に適当に服を脱ぎ捨てるとザバザバと川に入る。
そして目を閉じ、気を整え、息を短く止める。
『数多に散りし祈りの欠片たちよ、我、洗礼師(パブテスマ)の元へと集へ。
立ち上がりし炎よ、悠久を渡りし風よ、世界を流れし水よ、生命を育みし大地よ、
昼の陽は猛る命を守り、夜の月は安らぎをもってその命を浄化せん。
遠き古の盟約によりて、我が手より流れし水は聖水となり我が祈りをもって洗礼となさん。
全ての精霊(とも)たちよ、ここへ来たれ!目覚めの時は今来たれり。
我は汝らが力持て、全ての生きとし生けるものの罪を払えやれと祝る!』
水面が揺れ、光が走り、それらが全てセイクレッドの体に流れ込むと小さくため息をついてから
目を開ける。
パブテスマの禊の祝詞、家を出て5年以上サボっていたが、INESSに入ってから昔のように
毎朝風呂やらを利用してやってるわけだが、やっぱり外の方が力の集まり方が違うと
そう思いながら(見られるという心配はしていないらしい)
適当に体を拭くと再びコットンローブを着る。
ハーディンの私塾に戻る道を歩きながら少し脇へとそれて洞窟の裏手へとむかう。

バタバタバタっ

そこへ近づくと中にいるニワトリ達が一斉に騒ぎ出す。
「あー・・・もう分かったから・・・・黙れ・・・!」
そう言って殺気を出すとぴたっと大人しくなる鳥達を見て
「いい子たちだ♪」
そう満足げに笑いエサを巻いて卵を慣れた手つきで集める。
小屋を出て網で出きたドアを閉めると再び後ろで
   バタバタタバタバタっ  コケーーーー
と騒ぎ始め、エサのとりあいが始まった。
私塾への洞窟へと足を進めると朝礼?をやっていて、それの邪魔をしないよう
その後ろをコソコソと歩き台所へと歩く。
ふいにハーディンがセイクレッドを見て声をかける。
「ヨハネス・・・・・ローブで運ぶのはやめなさい・・・・。」
そうスカートの裾をつまんで卵を抱えるセイクレッドに言う。
真剣な話の最中な為、表情こそ硬いままだが確実にハーディンの頭の中では
  ・_・;;;;;
な顔文字が浮かびまくってたことだろう。
「ああ、ごめん。」
そう言いながらもそのまま台所へと消えてゆく。

卵置くと慣れた手つきでごそごそとソーセージやら昨晩焼いておいたパンやらをさばき、
焼き始め、やがて朝礼を終えたハーディン達が入ってくると
それぞれの椅子の前に皿を置き始める。
そして置き終わると空いている椅子に座り、
「どうぞ」
と言ってパンに手をかける。
「いただきます。」
そうハーディンとその弟子たちが食べ始める。
そうやって普段と変わらない朝食を進めていると不意にハーディンが口を開く。
「ところでヨハネス。一つ聞くが。」
「?ひゃひ?」
口にソーセージを入れたまま口元を押さえて答える。
「お前・・・転職審査はどこまで済んでいるんだ?」
その言葉にピタっと止まる。周りの温度が一気に変わったのに気づき
弟子たちの手もピタっと止まった。
「・・・・・・・まだオーク村行っただけよ。」
「それはいつの話だ?」
「・・・・半年・・・ともう少し前だったかしら?」
「そろそろ進めたらどうだ?」
沈黙が走る。
実はこの人、転職審査の冒頭でオーク村で言われた忘れられた神殿の
サラマンダー退治で死に掛けてすぐ、ここハーディンの私塾に居座るようになり
完全にクエストを放置していたわけだ。
「・・・・私そんなに邪魔?」
「は?」
「そーよね・・・ただの居候だもの邪魔よねぇ。」
そうわずかにいらついた様子で言うセイクレッドを諭すようにハーディンは答える。
「いや、邪魔ではない。むしろ食事の準備や掃除をしてくれていて助かってはいる・・・のだが。」
しかもほとんどの食材を自力で集めてきているわけだから食費も安上がりなわけだ。
ちなみに今朝のメニューはスースー肉の腸詰めと勝手に作った養鶏場から取ってきた
卵の目玉焼き、そして自分で焼いたブレッド。実質かかっているのは小麦粉代くらいだ。
「だが・・・なによ。」
下からうらむような目線で言われてハーディンは思わずたじろぐが弟子たちがいる手前、
せきこんでから態度を戻す。
「お前ほどの人間が未だ1次職というのがいささか納得いかんのだ。弟子たちをはじめ、
私を訪ねてくる冒険者たちに示しがつかぬ。」
「そんなの知らない。」
「・ ・ ・」
ため息をつき、弟子の一人に向き直り、
「私の部屋に紙袋があるからとってきてください。」
そう言われて席を立つ弟子を見送りハーディンは再びセイクレッドを見る。
「とりあえず。転職だけは済ませてきなさい。終わったらいくらでもここにいるといい。」
「そんな事言いながら行方くらましたり私塾閉鎖とかすんでしょ。」
そう言われて呆れた様子で苦笑いを浮かべる。
「そんな事をしても何のメリットもないだろう?まぁ少し待ちなさい。」
やがて先ほど出て行った弟子が大きな紙袋を持って現れる。
「それをヨハネスへ。」
首を傾げつつ受け取るとかなりの重さがある。
「なにこれ」
「やるのではないぞ。貸すだけだ。開けてみなさい。」
そう言われ開けてみると中にはミスリルローブのセットと二本の鞘に入った剣が入っている。
「は?」
顔を上げるとハーディンはわずかに微笑む。
「転職が済むまで貸しておこう。強化レザーでは辛いであろう?半年間の家事の礼と誕生日の祝いだ。」
「でも貸すんでしょ?」
「戻ってきたらお前の好きにすればいい・・・グレードの都合もあるだろうからな。
それにそう約束をすれば安心して戻ってこれるのではないか?」
そう言われフムと紙袋を再び覗き込む。
「・・・・・ここまでされたら行って来るしかないわね・・・。あんた約束破るような奴じゃないし」
そうため息をつく。
「なるたけ早く戻ってくることを希望するよ。あのニワトリたちはお前以外の言うことを聞かぬ。」
そう穏やかに苦笑を浮かべたハーディンにわずかに視線を向けてから台所へと立つ。
「明日・・・出るわ。盟主に報告してからね。今日はしばらくの分腸詰めとパン焼いておく。」
「それは助かる。」
ようやく冷たい空気が解け、ハーディンと弟子一同も食事を再開する。
というかなんでこの人こんなにびびられてるんでしょ・・・


こうしてセイクレッドことヨハネス=ルーン=パブテスマの転職はやっと進み始めるわけである。