「お掃除お掃除〜♪」
楽しげに口ずさみながらモップをかけるヨハネと
てきぱきと雑巾でテーブルやらを拭くセイクレッド。
ドワーフはその間にと伝票を整理している。
「それにしても・・・あんたたちみたいな連中は初めて見たよ。」
「えへへへ〜」
そう意味もなく笑うヨハネはおいておいてセイクレッドは口を開く。
「言ったでしょ、私たちはぶつかったお詫びに荷物はこぶの手伝ったの。
それがこんな上等の宿紹介されちゃその恩返さないわけにはいかないわ。」
「うれしいこと言ってくれるじゃないか。」
「まだ温泉は入ってないけどねぇ。」
そう言いながらもヨハネは手を止めずにモップをかける。
「ま、それはこの後のお楽しみよね。こんなもんでどう?」
さすがに毎日私塾の掃除をしていただけあって完璧に掃除をこなし、
セイクレッドは雑巾をバケツに放り込む。
「十分だよ。ありがとう。こっちももう片付くから用具戻してきてもらえるかな?」
「はいはーい!」

「さて・・・・何から話したらいいかな?」
掃除用具を片付け、中のまかないか何かに使うのあろうテーブルに着く。
「聞きたいことはたくさんあるんだけど・・・。」
「あのDEのおばさん何。」
セイクレッドが切り出しかけたところをヨハネが額にしわをよせて遮る。
「・・・・あれはラピスの妹だよ。」
その答えにヨハネは首を傾げる。
「ラピス?」
「オルちゃんのお母さんさ。どこから話したらいいものか・・・・・。」
そう、ドワーフは話し始めた。

10数年前、ドワーフ村にやってきた高位と思われるシリエンエルダー。それがオルの母親で、
しばらくこの村で医師として働いたのち現在オルのいる宿の主人と結婚をし、オルが生まれた。
ダークエルフでありながら優しい物腰と親切さで彼女は村では受け入れられた存在であったこと。
そしてまた、結婚をして宿の手伝いをしつつも急病人が出ると真っ先に駆けつけるそんな彼女と
宿の主人・・オルの父親は周りがうらやむほど幸せな様子であったこと。
そしてオルが生まれた際にも長老をはじめ、多くのもの達で祝杯を上げたこと。

そこまで話し、ため息をつく。
「全ては・・・あの日までは。」
「あの日?」
「3ヶ月ほど前のことだ。」

仕入れ先の主人が病にかかっていると聞き、8歳のオルをこの宿に預け
夫婦で出かけたオルの両親。
日ごろから親しくしていたし、度々預かっていたこともありオル自身も
この宿に預けられることに全く抵抗はなかった。
翌日には両親が迎えにくる。だからいい子で待っているんだと
その幼い体で手伝いまでしていたオルを両親が迎えに来ることはなかった。

「こなかったって・・・・何かあったの?」
顔をしかめるセイクレッドに諭すように言う。
「まぁ・・・話は最後まで聞きなさい。それから・・・」

翌日の夕方になっても戻っていないと従業員に聞き、
何かあったのではとディフェンダーを始め男連中で捜索を開始ししようと
その翌朝準備を整えてすぐのことだった。

「あの女とその連れが突然村に来てこう言ったんだ。」
『あの二人ならもう戻ってはこないよ。娘が邪魔だ、自分たち二人なら
別の土地でもやっていけるのだから宿も捨てて自由に生きる、
そう私たちに言ってどっかにいっちまったさ』

今度はヨハネが顔をしかめる番だった。

「何それ?!そんなのおかしいよ!って言うか話めちゃくちゃじゃん!!」
「私たちもそう思ったさ。あの二人に限ってありえないと。
ところがその女は自分はラピスの妹だから代わりに宿を経営してやる。
オルちゃんの面倒も見てやるとそう言って居座ったんだ。
・・・ところが実際はひどいもので・・・・」
「ブームに乗じて沸かし湯を温泉だといってみたり、あんな小さい子を虐待?」
「虐待・・?だと・・・?」
ドワーフは目を見開いた。
「さっき見たのよ。帰る途中。この寒い中あんな薄着でまき割り命令するわ
飯抜きとかほざくは、あげく足かけて転ばせてそこで見つかりそうになって
戻ってきたんだけど。」
足を組んで煙草の煙を吐きながら言うセイクレッドにドワーフは机を叩く。
「それを見てあんたたちはそのまま帰ってきたっていうのか!?」
「あそこで出たら被害にあうのはオルちゃんだよ。」
セイクレッドよりヨハネが先に口を開いた。珍しく怒りを押し殺した声で。
「あの手のタイプ相手にそんな事したら逆効果なのはこいつはよく知ってるのよ。」
セイクレッドはなだめるようにヨハネの頭をたたく。
「ひとつ聞きたいんだけど・・・なんでそのあとからきた連中に宿を任せたわけ?
証拠もなしにそんな事認める種族じゃないでしょう、ドワーフは。」
どうしても腑に落ちないという顔で言う。その言葉に苦い顔で答える。
「・・・委託書を持っていたんだ、その女は。村の長老の筆跡鑑定でも
確かにヴェルダン・・・オルちゃんの父親のものであると。」
その返答にセイクレッドは口元に手を当てて呟いた。
「それを見せられちゃ言うとおりにするしかなかったってわけね・・・・。そう・・・・。」
沈黙が続く。それを破ったのはヨハネだった。
「おじいちゃんありがとう。話してくれて。明日も忙しいでしょ?ごめんね、こんな遅くまで。」
「あ、いや・・・。」
急に最初のぼけた口調に戻り言われ戸惑うドワーフにそのままの調子で答える。
「ちょとボク考えたいことあるからお部屋戻って露天風呂はいらせてもらうね^−^
行こう、セイクレッド。」
「オーケー。んじゃマスタ、酒の残りは明日の晩酌にでもどうぞ。」
そう立ち上がり何事もなかったようにヨハネのあとを追う。
「ま・・まて。」
ここまで聞いといてなんなんだという風に声をかけるとセイクレッドはドアの前で立ち止まる。
「あと、話は分かった。私たちがなんとかするわ。」
そう言ってから振り返り、余裕と企みを浮かべた微笑を向ける。
「何・・・?」
「うちの盟主はそんなの聞いてほっとける様な奴じゃないんでね。じゃ、おやすみなさい。」


「ヨハネ」
まだ怒りが収まってないだろうヨハネに若干気遣うように声をかける。が。
「セイクレッドお風呂、お風呂行こう、お酒も持ったよ。早く早く。」
「あー分かった分かった:。」
そう先に戻りしっかり二人分の準備を抱えて出てくるヨハネの後をついていく。
いつも通りのとぼけた様子でありながら、確実に目だけは思いつめている。
そしてそんな様子のまま、無言で体と髪を洗い
露店風呂に浸かると深く息を吐きセイクレッドに問いかける。
「どう思う?セイクレッド。」
「ん・・・・そうね・・・・一言で言えばおしん状態って言うのかしら。あの子の現状は。」
酒のコルクをはずしていた手を止め答える。
ヨハネは俯いたまま強い声で言う。
「・・・・ボクほっときたくない。」
「ええ。」
「絶対ほっとくなんて嫌だ。」
「ええ。」
力強く、そして同時に穏やかにセイクレッドは答えた。
「ボクでもできることあるよね?」
ヨハネがやっと顔をあげ若干弱気な瞳を向けると
セイクレッドは酒を一口飲んでから笑う。
「出来るかどうかじゃないんじゃなかった?」
『やるか・やらないか』
声をハモらせて言う。そこでやっと張り詰めていた気をヨハネは解いた。
「手伝ってくれる?セイクレッド?」
「あんた一人にやらせたら何するか分からないもの。それに多分、私の力が必要になるわ。」
そう言いながらビンを持ってる手とは逆の手を見つめる。
「どういう・・・意味?」
「さっき意を飛ばした時、一瞬だけど見えたのよ。
あの子が足かけられたときそれを受け止めようとする手が。」
その言葉にヨハネはうつむく。セイクレッドの力が必要となる・・・クレリックとしてではなく
神聖生物としての。その意味はヨハネにはよく分かっていた。
「・・・やっぱり・・・なんだね。」
「残念だけど。」
しばらくの沈黙。のんびりビンを傾けるセイクレッドの横で
ヨハネは目を閉じ考え込む。
「セイクレッド、ドワーフ村の試練どのくらいで終わりそうか分かる?」
やがてヨハネから出たその言葉に指をひとつ立てる。
「1日で終わらせてやるわ。私を誰だと思ってるの。」
無意味に自信満々な微笑み。でもこういう時は迷いを払う
力になる。
「じゃぁ明日ボク少し出かけるね。どうしても動く前に知りたいことあるし。」
そう、普段の笑顔に戻ったヨハネを横目で見ながら前髪をかきあげて声をかける。
「無茶だけはするんじゃないよ。」
「大丈夫。がんばる。」
そう笑うヨハネを見て大丈夫、そう思いそれ以上は何も言わなかった。
「そろそろ上がりましょう。明日早く起きなくちゃならなそうだしね。」
「うん」
そう応えて湯船から上がるヨハネの後ろ姿を見ながら
話しそびれた不安の事を考えていた。
「どうしたの?セイクレッド?」
視線に気づき振り返るヨハネに首を振り微笑む。
「何でもないわ。」

年のせい?神聖生物なのに酒と煙草が問題?
プロフィットになろうとしてるのがいけないの?

力の制御が難しくなってきている、その理由はいくら考えても分からないままで。
むしろ心当たりがありすぎるという方が正解なわけだが。

だが、この不安がいずれセイクレッドが導かれる運命を暗示しているという事は
まだ誰も気づいてはいなかった。