次の日も、その次の日も彼はそこにいた。
時々あたしの方が先についていたけどいつもその場所にいてくれた。そして

「組もうか?」

そういつも言って笑いかけてくれる人・・・
あたしが彼を呼ぶのに「
Razaさん」から「Raza君」になるまで、そんなに時間はかからなかった。

 

「ヨハネちゃん蜘蛛やってみようか」

そう言われてあたしは固まる。

「・・・・どうしたの?」

「・・・蜘蛛きりゃい・・・」

そう言ってあとずさるあたしを見て少し呆然としてから笑い出した。

「怖いの?」

そう聞かれて

「今まで何回死にかけたか・・・・・。」

そう言うあたしに笑ったまま彼は言うのだった。

「大丈夫だよ、ヨハネちゃん一人なわけじゃないんだから。」

その言葉であたしがどれだけ安心したかを最後まで伝える事はできなかったけど

「ボクが守るから。」

そう言われる度、いつか必ず彼を守れるようになろうと思っていた。

 

・・・・・が。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁ!!!!!!!!」

そう間抜けに蜘蛛に追われて走る。

「そのまま走って!海の方!!」

Razaくんの声に従いあたしは遅い足で必死に走る。しかし。

「ぴぎゃ!」

何もないところでこけるのは得意中の得意。また転ぶ。

Riki shana gonoa(風の精霊よ盟約の言葉もて) Hayard!!!(嵐を)

彼の声で風が集まる。蜘蛛はきびすを返し彼へと向かう。その後ろであたしは立ち上がり詠唱に入る。

Ne bara Rokina(共に歌え精霊達よ) Nokia(嵐を)!!!!』

彼の寸前で崩れ落ちる巨大蜘蛛。あたしはその場でへたり込む。

「・ ・ ・ ・うううぅぅ」

そう冷や汗だらだらで半なきになるあたしの横に涼しい顔をして「よいしょ」といいながら座り

「ふぅ」

と嫌味のないため息をつく。

「うぐぅぅぅぅぅ」

意味不明な言葉をつむぐあたしを見て楽しそうに笑いながら

「大丈夫?」

と聞いてきた。泣きそうで言葉になってない言葉で

「ごめんね。ごめんねぇぇぇぇぇぇ」

と言うあたしの頭をよしよしとなでて

「大丈夫だよ。そんなに怖がらなくても。」

と言いつつ余裕な顔で笑っていた。

「うみゅぅ〜〜〜〜〜〜」

そう言いながら彼の腕にしがみつく。今となっては「ふ・・・蜘蛛ごときが・・・」
とか言えるけどあの頃のあたしは普通に小さい蜘蛛も嫌いなわけで、
それがあんなにでかいわ凶暴だわなモノを見ておびえるなっていう方が無理。
しかもいつも通り彼に迷惑をかけた事も含めてパニックで泣いていた。

「ふむ・・・」

顔を上げると困ったように笑っている彼の顔。

「泣かなくても大丈夫だよ。」

そう言われて無理やり涙を止める。

「ごめんね、ごめんね、嫌いになっちゃった・・・?」

そう泣きじゃくりつつ言うあたしに彼はいつもの優しい顔をする。

「大丈夫。嫌いになんかならないよ」

この時からあたしは彼に対して一切の警戒心をもたなくなった。
自分がいかにぼけてるか多少なりとも自覚はあったから、迷惑をかけて見捨てられる事がすごく怖くて。
だから特定の相手といつも一緒にいるって事は避けていた。
自分を知られて呆れられて離れていかれるくらいなら
自分のダメメイジぶりがバレない程度の距離を保つ。
そんなあたしを待っていた。助けてくれた。本当にたくさんの事を教えてくれた。
彼はあたしを一人にしようとはしなかった。

『ああ、この人は大丈夫なんだな。』

そう気づいてからあたしは彼の手を自分から取るようになった。

 

 

「ここどこ〜〜〜〜〜〜〜!!!!」

村で一人騒ぐ。レベル10を超えてずいぶんたつのにまだ村で迷子になる事が多かった。

「いたいた、ヨハネちゃん。道具屋こっちだよ。ちゃんとついてきて。」

そう言われてラザ君の手をつかむ。

「ん?」

「また迷子になるから。つないでていい?」

「ああ、うん。いいよ。」

そう言いながら少し照れた顔で笑っていた。

「ところでラザくん、さっきのあれなんだったんだろうねぇ」

「ん?」

さっきというのはいつも通り蜘蛛狩りをしていた時、
魔力回復の為がけの上で二人でしゃべりながら海を見ていた時。
崖下にいた変なモンスターの事だ。見たことがなかったあたしは彼が止めるのも聞かずに

「あたしやばそうでも知らんぷりで逃げてね。」

とか言って突っ込んだわけだが桁違いに強かったわけで死ぬの覚悟決めたところ前触れもなく消えたモンス。

「なんだっけ?オルマフムビトレイヤーとか言ってたっけ?」

あたしの言葉に少し考えてから

「んー・・・そんなカンジの名前だったよね。」

そう言いながらラザ君は帰還スクを買い、あたしはspsを少しと帰還スクを手に取る。

「誰か知ってる人いないかなぁ・・・あれが何か・・・。」

「どうだろう・・・聞いて・・・・」

店を出て、彼の言葉が終わる前に

「どなたかオルマフムビトレイヤーってモンスター知ってる人いませんかー?」

と広場の真ん中で若干大声を出す。

「・・・・・・・」

しーんとした。少ししてボソボソと「なんだ?聞いた事ある?」
「そんなモンスこの島にいたっけ?」とか「いきなり何騒いでるんだあの女」話す人々が出始める。

「よ・・・・ヨハネちゃん・・・・。」

隣で苦笑するラザ君を気にせずに

「誰も知らないかぁ・・・・む〜」

とかつぶやくあたしの後ろで、一人のダークエルフの男性が何か言いかけてきたのに
気づかずにあたしはそのままラザ君と村を出た。

いつもの場所に戻るとのん気に狩りを始める。
やっと蜘蛛が平気で見れる様になったあたしにアイスボルトは最初に使って
成功すれば相手の足を遅くすることが出来るーとラザくんに教わりつつ魔法を打っていた。が。

「ヨハネは嫌な奴だ」

後ろから声がした。振り返ると誰もいない。

「・・・・・・?」

気のせいかと思い再びラザ君の向かい合ってる蜘蛛に詠唱を始める。

Ne bara Rokia・・・・・』

「ヨハネは無視する奴だ。」

「?!」

詠唱中に言われ若干集中力が途切れかけたが。

「ヨハネちゃん?!」

ラザくんの声で我に返り向き直り詠唱を終わらせる。

Nokia!!!!!』

沈黙する蜘蛛を確認し、再び声のしたほうに振り返る。

「・・・・ラザ君さっきの聞こえた?」

「え・・・・ううん。どうかした?」

切れかけの魔力を回復するために座るラザ君の横に立つ。

「今、『ヨハネは無視する奴だ』って」

「え?」

そう説明をしようとするとまた声が聞こえた。

「ヨハネは無視する奴だ。」

そう再び言われて声の元を探して見回すが見つからない。

「聞こえた?」

「聞こえた。」

ラザ君も見回す。その声はどこから話しているのか分からないけどもう一度。

「ヨハネは嫌な奴だ。」

そう言った。さっきと少し違うところから聞こえる。移動しながら話しているんだろう。

「・・・ヨハネちゃん何かしたの?」

そうラザ君があたしを見上げて言う。

「・・・覚えはないけどボケ倒して無自覚でやったのかも・・・」

そう話しているとさっきより近い位置で

「ヨハネは最低だ。」

そう聞こえた。怪訝な顔で辺りを見回すラザ君を少し見てからあたしは大声で声の主に呼びかける。

「無視ってあたし何かしましたか?」

そう言うとすこしカン高い声で

「何を言っても無駄無駄無駄〜〜〜〜〜〜〜!!!!」

と返ってきた。

「・・・ヨハネちゃん無視した方がいい。」

そうラザ君に言われたけどそうもいかない。
と、少し離れたところで狩りをしていたメイジがこっちの会話が聞こえたのだろう、
声の主に唐突に叫んだ。

「ヨハネさんはいい人ですよ!」

それにラザ君が反応する。

「・・・あのメイジは知り合い?」

「ああ、うん。朝ラザ君待ってた時にちょと話した人。」

早朝、挨拶代わりに辻ヒールを浴びせたそのメイジに軽く会釈をする。
彼も返してきた。そして「気にしない方がいい、言いがかりが趣味な人もいるからこの島は。」
そう口を動かした。あたしはメイジに首を振り向き直り再び声の主に呼びかける。

「無駄なのはわかったから!あたしが何をしたかを教えて!マジで分かってないんだから!」

すぐに返事は返ってきた。

「今さら何を言っても無駄!嫌な奴だお前は!」

その言葉を聞き、むっとした顔をして手にしたエヴァの涙にssを籠めたラザ君を止めた。

「ヨハネちゃん?」

「あたしが何かしたのなら謝る必要がある。悪いのはあたしだもの。」

そういって大きく息を吸う。

「だーかーらー無駄なのは分かったって!あたしが何をしたのか教えてくれないとわかんないよ!
あたしが悪いなら謝りたいし!」

今度は返事がなかった。少しして人の気配が現れた。振り返ると目の前にダークエルフの男の人がいる。

「本当に何したか分かってないのか。」

そう言われてそのダークエルフが声の主だと分かった。

「うん。だから教えて。」

あたしは近づいてきたダークエルフを警戒すらせずに見上げる。

「・・・・さっき村でビトレイヤーの事言ってただろ。お前。」

そうさっきとは違う落ち着いた声で言われる。

「うん。」

「その時俺が教えてやろうと思ったのに無視しただろう。」

そう言われて少し考える。正直言って全然気づいてなかった。

「・・・・ごめんなさい。全く気づいていませんでした。」

そう言って頭を下げる。

「ありえねぇ・・・」

そう完璧に呆れた顔で言うダークエルフに

「えぇ・・・自分でもありえないと思います・・・不快な思いさせてごめんなさい。」

ともう一度頭を下げる。

「・・・まぁ・・・別に・・・俺は困らないからいいんだけど。。。」

そう言ってあたしの側を離れてゆく。顔を上げると後ろでエヴァの涙を握りしめて
待機しているラザ君に気づいた。ダークエルフが離れたのを確認してラザ君の横に座る。

「大丈夫だよ。悪いのはあたしだもの。警戒解いて。」

そう言うともう一度ダークエルフを見てから本をおろした。
離れたトコのメイジを見るとこちらを伺う様子なのが見えた。「大丈夫です。ありがとう。」
そう唇を動かすと少し笑って見せた。

・・・と、ふいにダークエルフが戻ってきた。

「?」

見上げるあたしの足元に何か大量にばら撒く。

「やる。」

そう短く言われ落とした物を見るとノングレードspsの山。ざっと200発ほどあるだろう。

「ぇ・・・・」

「俺もう使わないからやる。」

「え?え??」

そういわれても不快な思いさせてあげく説明までしてもらって
こんなに貰っていいものか悩んでいると上から拳が降ってきた。

「い・・・いたい・・・・。」

そう涙目になるあたしに

「拾え。」

そう言ってくる。

「で・・・でも不快な思いさせた上こんなにもらってわ・・・・」

そう言うあたしをもう一回たたいてくる。今度はそんなに痛くはなかった。

「拾わないと殺す。」

そう言われて少し考える。貰うのは悪い気がする。でも人の好意を無駄にするのもどうかと思う。
・・ってゆーかこんな理由で殺されるの嫌だ。

「・・・・ありがとう」

そう言ってspsを手にとって笑顔を向ける。それを見てダークエルフはおもむろに
近い位置にいた蜘蛛に切りかかった。あっという間に倒し、あたしを振り返り

「今のでレベル20.

そう言って帰還スクロールを発動させた。

「じゃぁな。」

そう言い残し消えるとまだ怖い顔をしているラザ君に気づいた。あたしが少し笑ってから

「面白い人だったねぇ。」

そう言うと表情を崩す。

「面白いって・・・・」

「だって『貰わないと殺す』ってびっくりした〜。でもいい人だね、許してくれたみたい。」

そうのん気に言うあたしに笑いだした。

「面白いのはヨハネちゃんだよ。」

そういいながら楽しげに笑っている。

「むぅ・・・あ、ちょっとあのメイジさんに挨拶してくる。心配してくれてたみたいだし。」

「うん、行ってきなよ。ここで休んでる。」

そう言われて笑顔を向けるとてろてろと小走りでメイジに駆け寄る。

「心配してくれてありがとう、スバルさん。」

そう言うとメイジも顔を上げて微笑む。

「何かあったら加勢しようと思ったんですが大丈夫だったようですね。」

その言葉に笑顔を返す。そして事情を説明すると穏やかに笑い「よかった」と言ってもらえた。

「じゃぁ相方のトコ戻りますね。」

「はい、また。」

またてろてろとラザ君のトコに戻るとまだ笑っていた。

「いつまで笑ってるの〜〜〜〜」

そういうとごめんごめんと立ち上がった。

「魔力、戻ってる?」

その言葉にうなずきあたしも立ち上がる。

「もちばち(もちろんばっちり)!」

「じゃぁ始めようか。」

「うん!」

 

近づく距離と