一人の時間・
最初の贈り物(中編)

足元に広がる魔法陣。その下に落ちる感覚と同時に目を閉じ、目を開けた時には村に立っている。

「ヨハネさん!」

「猫さんさっきの奴いた?」

あたしが猫さんを探す前に彼はあたしを見つけた。

「いない、まだそんなに遠くに行ってないはず」

「あたし神殿と警備詰所いってきます、遺跡前の遺体ほっとくわけにもいかない。」

「うん、その間に僕はさっきの探してみます。」

うなずき合い、互いに走り出す。

あたしはまず神殿に駆け込み、不審顔のリリスお姉ちゃんをシカトして

大神官のピオテインさんにかけよる。

「どうしたヨハネ、騒々しい。何事かね?」

ひざに手を置き息を切らすあたしを不思議そうに見下ろし尋ねられて

途切れながら言葉を紡ぐ。

「・・・と殺し・・・・」

「ん?」

一度大きく呼吸をしてから叫ぶように言い直す。

「人殺し!遺跡前!!ヒール・・間に合わなくて・・・遺体・・・二つ・・・・お願い・・・!」

運動不足のせいでのどがやたらに渇いて咳き込みそうになりながらも

要点のみを伝える。

幸いこの足りない言葉だけで理解してもらえた。

「ポスター、ハリスと共に遺跡前に行け。」

冷静な声で指示を出し始めた大神官に頭を下げ、あたしはまた走り出す。

後ろから「待てヨハネ!余計な事をするな!」と叫んでいる声が聞こえたが

あたしの頭には『次は警備隊長さんだ!』しかなかった。

 

「・・・・っギルバートさん!!!!」

バイトの警備兵の人となにやら話していた警備隊長さんは顔を上げ、こちらを見る。

「おや、ヨハネじゃないか。どうかしたのかい?」

こういう時、村で数少ないエルフでよかったと思う。顔が知られてる分、

まだ話しがしやすい。

「遺跡前に人殺しが出てっ・・・目の前で殺されてっ・・・」

一瞬で厳しい顔になったのが見えた。

「多分、この前話してた通り魔だと思う・・・止め刺す前に帰還されて、

・・っ今っ友達が探してる・・・!亡くなった二人は大神官様に頼んできたからっ

手伝って・・・!」

「特徴は?」

話をしていたバイトさんに何かを伝えて彼が走り出した後、あたしに向き直り

聞いてきた。

「顔・・・は普通!友達が帰還直前にモータル叩き込んだから怪我してる!出血も

ひどいからそんなに遠くには行ってないと思う・・・!」

この状況で『普通!』と答えたのはどうかと自分で後で思ったけど

(もっと年齢がどのくらいとか装備がどうとか言うべきだったと思う。)

パニックなのと、走っておなか痛いわ喉詰まるわ、汗が目に入って痛いわで

正直それどころじゃなかった。

「どこだ?モータルブローが当たった場所は?」

あたしが自分の右わき腹を押さえながら説明しようとすると後ろから先を越された。

「右わき腹じゃないか?少し前に記念塔の方に歩いて行った男が右わき腹からの

かなりの出血を手で押さえていました。」

別の門を守っている警備兵のケニオスさんだった。あたしは大きくうなずく。

「遺跡前で露店開いて居眠りしてた人後ろから襲ったの!あたしの目の前で!」

簡潔に事情を説明する。

「ヨハネは怪我は?」

「あたしは平気です。すぐに友達が来て、向こう逃げたから・・・・!」

やっと呼吸も落ち着いてきた。大丈夫、まだ走れる。

「あたし猫さん・・・友達と合流します!」

再び走り出す。後ろから「待て!余計な事をするな!」と声が聞こえたが

あたしは『猫さんに何かあったらどうしよう!?』しかなかった。

 

村の北に出て、走ってると猫さんは案外あっさり見つかった。特に怪我もしていない

様子だった。

「猫さん!」

「ヨハネさん!」

駆け寄りなんとか息を整える。

「ダメだ、見つからない。そっちは?」

「遺体は大神官様に頼んできた、あと警備隊長さんにも知らせてきた。」

「手ごたえはあったからかなりの大怪我のはずだしそんなに遠くには

行けないはずなんだけど・・・」

「警備兵の人が記念塔の方にそれらしきのが出て行ったって・・・!」

「行ってみよう」

こういう時、ファイターのタフさは羨ましいと思う。けろっとした顔で

(いや真剣な表情ではあるんだけど)軽快に走り出すその後ろをのろのろと必死で走る。

一年分くらい走ってるような気分になってきた。

 

記念塔が見えてきた。その下に、さっきの奴が寄りかかって誰かと話していた。

「ヨハネさん!」

猫さんに腕を引かれ隠れる。

「後ろから。」

小声で言われてそれに従い塔の後ろ、奴の反対側に回りこむ。奴の話しが聞こえた。

「・・・だから、眠る猫って奴が例の通り魔なんだ。この傷見てくれ。奴にやられたんだ。」

頭のどこかで、何かが切れる音が聞こえた気がした。

「しかも女連れなんだ。ヨハ・・・なんとかってエルフのが奴の女だ、気をつけろ。」

自分の中の一番冷静な部分が怒りに染まるのを感じた。

「それってあたしの事かしら?」

猫さんがあたしの腕を引きとめるより先に飛び出していた。

こんなに短気だなんて、自分自身で知らなかった。

「お前はさっきの・・・!」

「ヨハなんとかじゃなくてヨハネよ、人殺しさん。猫さんが通り魔?笑わせないでよね。

あたしの目の前で居眠りしてた露店のおじさんたち刺し殺して、あげくあたしに手出そう

としたら猫さんが来て、慌てて遺跡の中に逃げ込んで猫さんにぼこぼこにされてモータル

食らって帰還で逃げ出したのはどこの誰?貴方でしょ?」

一気にまくし立てる。しかしこれでも奴は引かなかった。

「証拠はどこにある?奴が人殺しだ!」

「へぇ〜〜〜〜〜〜〜『やめて待ってくれ』?『俺は違うんだ』?『人殺しじゃないんだ』?

なさけなーーーーいセリフ吐いておいて今度は逆恨み?いい年してガキみたいな事

言ってるんじゃないわよ・・・!」

自分が冷静なのか、冷静じゃないのかもよく分からなくなりながら言い合いを続けて

いると、さすがに頭にきたのか猫さんも横から出てきた。

「お前・・・いい加減にしろよ・・・・?!」

背中に怒りのオーラをゴウゴウ燃やして短剣をキラーンと光らせてあたしの後ろに立つ。

彼が怒った事で逆に怒りが収まってきている自分を感じた。

・・・・と

「いたぞ!」

後ろからの声に振り返ると数分前に話をしたギルバートさん以下数名。

警備兵さんの一団。

 通り魔一つでここまで警備兵が動くとは正直思ってなくて呆気にとられて見ていると

ギルバートさんはおもむろに何かの紙を広げる。

「コリン・ウインダウッド卿の命により、その子息アーサー・ウインダウッド氏殺害

の一件について聞きたい事がある。・・・・そこの男を拘束しろ。」

ぽかーんと見ているあたしの目の前でギルバートさんが連れてきた警備兵のみなさんが

ぞろぞろと人殺しを囲み、腕やらを掴んで引っ張ってゆく。その様子を見ている

横で、猫さんはため息をついてから短剣を鞘に収めた。

 村の方に一団が向かっていく様子を見ていると

『違うんだ!待ってくれ!俺じゃない!』

などと数時間前に聞いたセリフが聞こえたが、その声もやがて聞こえなくなっていった。

「・・・え?何?どゆこと???」

状況が分からずその場に立ち尽くしているとギルバートさんが説明してくれた。

「君が回収を大神官様に頼んだ少年の遺体があっただろう?彼は・・・ウインダウッド卿

の家出中の下のご子息だったんだよ。」

どうやらあたしが村を出てすぐ、大神官様から警備隊に連絡があり、

大急ぎでコリン卿に連絡をとると「とりあえず捕まえろ」との命が出たという事だ。

少年があんな場所にいたのは、騎士ではなく、商人を目指して家を飛び出した彼の

彼なりの社会勉強だったのだろうと少し表情を曇らせながらも話してくれた。

 警備隊が動いてくれたおかげでたいした苦労もせず無傷ですんだわけだけど

喜ぶ事なんてとてもできなかった。

「とりあえず、詳しい状況聞きたいから詰め所に一緒に来てもらえるか?そこの彼も。」

そういわれて猫さんは露骨に嫌な顔をしたが、それでも大人しく二人でギルバートさんに

ついてゆく。  

それから見ていた事を話し、詰め所を出た頃にはもう日が暮れかけていた。

 

 

「なんか・・・とんでもない一日になっちゃったね;」

「そうですね;」

詰め所から出て、顔を見合わせて苦笑する。

「ごめんなさい。」

そういって頭を下げると慌てたように

「ヨハネさんが悪いわけじゃないよ、悪いのはあいつだもん。」

そう両手を左右に振る。

「また今度PTで狩りしてくださいです。」

「こちらこそ。」

そういいながら彼の差し出した右手を、迷う事なく握る。

相方とは違う、ごつごつした大きい『父親』を連想させる手と握手して彼と別れを告げた。