『ボクはもう守ってあげられないから』

                  (そんなの嫌だよ)

『これをボクだと思ってね』

                 (無理言わないでよ)

『ずっとこれでヨハネちゃんと戦った・・・いつもこれでヨハネちゃんを守ってた』

         (あたしが守りたかった、君を守れる強さが欲しかった)

 

 

『この剣がボクの代わりに君を守るよ』

 

 

 

 

 

〜ぷろろーぐ〜

 

 

「・ ・ ・ふにゃ・ ・ ・う・ ・ ・みゅ・ ・ ・にゅぅ」

訳のわからない言葉をわめきつつぼーっとしたままで体を起こす。
ふと目に入る鞘に収められた二本の剣。

「・ ・ ・おはよ。Razaくん」

 

「おはようございます〜〜〜〜☆」

のん気な声を上げ宿屋のおばちゃんに笑顔を向ける。
つられるように笑顔を返し再びおばちゃんは再び鍋と戦い始める。

「今日の朝ごはんは〜?♪」

まだ他の客は誰もおきてきていないらしく鍋と格闘するおばちゃんの横にてろてろと寄ってゆく。

「何か手伝いましょうか〜?」

「じゃ鍋混ぜててくれる?包丁は怖くて持たせられないから」

「がーん」

おばちゃんはクスクス笑いながらお玉を渡してきた。少ししょぼくれつつ大人しく鍋を混ぜる。

最近ギランからDVに行く事が多いためこの宿に入り浸りになっている。

一箇所にしばらくいる事が多いためかこういう馴染みな人が出来るのが嬉しい。

「そうそう、あんたに手紙が来てたんだよ、ほらそこのテーブルの上。
昨日渡そうと思ったんだけどねぇあんた飯も食わずに寝ちまっただろう?」

横からあたしの混ぜてた鍋の火を消しテーブルの上のソレを指差す。

「鍋はもう大丈夫だから読んできちまいなよ?」

あたしは素直にそれに頷き手紙を手に取る。

封筒に差出人は書かれていないが宛名の字を見てすぐに誰からかは分かった。

「・ ・ ・お兄ちゃん相変わらず字汚い。」

書かれていた内容はいたってシンプルだった。

『僕たちのクランに入りたいってダークエルフの男の人がいるんですがディオンまできてください。
ビット爺さんが一緒に行動しています。INESSのルールについては僕から話しておきました。
From猫』

読み終えて少し悩む。これが届いたのは昨日。という事は昨夜の時点でディオンに行くべきだったらしい。

「・ ・ ・まいっか」

とりあえず朝食をとってからディオンに向かおう、隣町だし大して時間もかからない
。そう思い朝食をとってから部屋に装備を取りに戻る。

 昨晩破れを補修したカルミアンローブを着て、SPSなどが詰まったバッグを肩にかけ、
二本の剣を腰に下げる。そして手にはインフェルノスタッフ。はたから見ると異様な格好だろうなと思いつつ、
このスタイルを変える事もできなくて。
「エルブンソード」そして「バスタードソード」どちらも限界まで強化された代物だ。
ちまたで「エルバソ+3」と呼ばれているDグレード最強の二刀。
ただし・・・Cグレードの杖であるインフェルノから見れば魔力も攻撃力も低い
ただの「おかざり」になってしまうあたしの「お守り」だった。

 

「えっと・・・・ドコに行ったかなんて・・・わかんないですよね?」

ディオンでいつもあたしたちが使っている宿屋に行くとビット爺も問題の人も、
お兄ちゃんも朝早くに出かけてしまったとの事。
荷物は置いたままだからそのうち戻るだろうとは言われたけど待っている性分でもない。

「んーヒューマンの兄ちゃんはわからんけど爺さんとダークエルフの兄ちゃんなら処刑場じゃないかなぁ?」

その言葉を聞き「ありがとうございます」と出来るだけ明るくお礼を言うとあたしは宿屋を後にして歩き出した。

「雨降りそうだなぁ・・・」

そんな事をぼやきつつまた来た道を戻る形になる。
処刑場もしばらく来た記憶がないけど最初来た時は本気でびびってた覚えがある。
そもそもあの枝から骨とかぶら下げてるのを見て怖いと思わない方が理解できないわけで。
・・・といいつつ慣れてしまえばサクッと対応できてしまうもの。
アデン大陸に渡ってきてから約3年と少しの間にあまり「怖い」という感覚が麻痺してきているようにも思える。

 ・・・そんな事を考えていると後ろから聞きなれた声がした。

「ヨハネさーん」

振り返るとビットのお爺ちゃんとその後ろに手紙に書かれてた人だろう、ダークエルフの男の人が立っていた。

「久しぶり!ビット爺、この人がお兄ちゃんの手紙に書いてあった人??」

後ろの男性に会釈しつつ爺に尋ねる。

「そうじゃよ。トウガ・サキ君じゃ。」

「初めまして!」

ダークエルフのイメージを一転させるようなほがらかな笑顔で挨拶をされ、若干拍子抜けしてしまった。
やや間を置いて少し笑ってから

「INESSのヨハネ・スリエルです。初めまして。」

そう笑いかけた。

「詳しい事はお兄ちゃん・・・・猫から聞いてますよね?」

「はい!」

「それじゃとりあえず一週間、うちのメンバーと話したりして自分に合ってるか考えてみてね。
その後も意志がかわらなければコレ渡す。」

そう言って髪をかきあげ小さな三日月のピアスを見せる。

「うちのメンバーみんなコレしてるから。」

 

 そう、一応これでもあたしは血盟INESSの盟主なんぞやってたりする。
小さい上に城を狙ってるわけでも戦争したいわけでもない小さなクラン。
最初はクラン員のキリードが父親の仕事の手伝いでナイトの修行ができず、
自分が作ったクランも崩壊したーと泣きついてきたのがきっかけだった。
半ば冗談で「じゃぁあたしが作ったら入る?追放は少なくともしないよ?」と言ったところ乗ってきたため
二人クランで作ろうかーと作ったクラン。それがいつの間にか今回のサキ君でクラン員が11人になる事になる。
クラン員の条件は簡単なモノだ。「あたしが守りたいと思える人。あたしが命張れる価値のある相手」
それだけの事だった。でも・・・人数が増えるほどそれが難しい事だと気づき始め少し臆病になってる自分がいる。
「守る」その言葉のもつ意味。そしてそれがどれだけ難しいコトか知っていながらも
あたしは誰かを守るという形でしか自分の生きる意味を見つけられないままでいた。
だけど所詮レベル47程度のスペルシンガーにどこまで他人が守れるのか。

 

その夜、結局降ってきた雨の中ギランに戻るのもだるくてディオンで一泊してから
ギランに戻る事にしたあたしは何人かのクラン員と夕食をとっていた。
サキ君を連れてきた アルティザンのビット爺、この辺りで狩りをしているエルヴンスカウトのえありす、
もちろん、例のサキ君も同席している。

「みなさん良い人たちですね!」

などというサキ君の天然ぶりに若干眉をひそめたえありすに苦笑しつつ食事をとっていると勢いよくドアが開いた。

「くそーなんで雨降ってくるんだよ〜〜〜〜〜」

独り言で凹む声ですぐに誰だかは分かった。

「お疲れさん、お兄ちゃん。」

からかう様に笑うとむっとした顔をしてから

「こんばんは」

と笑って見せた。あたしを手紙で呼び出した張本人。レベル44のトレジャーハンターで通称「猫」。
島にいた頃ファイターの学校で学科の授業でほとんど寝ていた為、
SleepingCat(眠る猫)」というあだ名がついていたらしく、
未だにあたしも本当の名前は知らなかったりする。別に本当に兄妹なわけでもなく、
ただ何気にいつも助けてくれるから「お兄ちゃん」と呼んでいるだけだけど
INESSの中で一番信頼を寄せている。いわいる「盟主代理」とか「副官」とかそういう存在の人だった。

「ごめんねヨハネさん急に呼び出しちゃって・・・で、どういう事になってるの?加入?」

宿屋の人に借りたタオルで髪を拭きつつ隣の席につく。

「ん。一応無料お試しキャンペーーーーンみたいな?」

「キャンペーンなんだ?w」

「そうそう。」

えありすの狙ったとおりの突っ込みに笑いつつお兄ちゃんに

「ありがとう」

と告げた。いえいえと笑いながら身長190センチオーバーのゴツイお兄ちゃんが
オレンジジュースを注文する光景に突っ込む人間がいないまま会話を続けた。

「あ・・・そういえばヨハネさんって腰の剣はエルバソですか?」

そうサキ君が言った途端、まずえありすが止まってあたしの顔を見てきた。
大丈夫だよと言う様に少し笑ってあたしはサキくんに言葉を返す。

「そうだよ、+3のエルバソー。」

呑気にチキンを食べつつ答えたが次の彼のセリフであたしはそれ以上会話を続けられなくなってしまった。

「なんで杖と両方持ってるんですか?インフェルノスタッフって確か魔力も攻撃力も
エルバソ+3より上ですよね?重たくないんですか?」

彼に悪意がないわけでも、そう思われて当然な装備をしている事も分かりきっているけど
・・・この話題はあたしにとって今一番苦しい話題だった。

「あ・・・・かっこいいいいじゃん!エルバソ!それよりさ・・・」

必死にえありすが話題を変えようとしてくれているのも気づいていた。
でもそれ以上の会話を続ける事はあたしには無理だった。

「・・・ゴメン、先に部屋戻るね。」

そう立ち上がったあたしを見てサキ君が慌てた様子を見せたが彼の言葉を聞く前に

「コレの事・・・話して構わないよ。あたしの口から話すのが辛いだけだから。」

そう告げてそのまま部屋へと向かった。

確かにその通りだった。クリスタルスタッフからインフェルノに買い換えた時から感じている
「このままでいつまでいられるのだろう」みたいな感覚。
エルブンウィザード時代から何人かの友人にも言われた事だけどウィザード職の人間が
二刀を持っている事自体が異例でまた非効率的だった。
それはスペルシンガーに転職してますます言われるようになった事だ。
インフェルノを持った頃から狩りで使う事もなくなり「持ち歩くだけの二刀」になっている。
正直言ってなかなか重いコレを持ち歩かなければいられない・・・その事には理由があった。
そしてその理由があたしがあれ以上あの場にいられなかった理由でもある。

   コンコンッ

「ヨハネさん、入って大丈夫?」

「開いてるよ。」

女らしさの欠片もなく、ベッドの上で膝をかかえて考えこんでいたところにおにいちゃんが入ってきた。

「・ ・ ・大丈夫?」

そう言いながらベッドの横に立つ。

「・・・うん。大丈夫。ゴメン。」

顔をあげないままそう言った。少し間をおいてから

「大丈夫ってカンジには見えないよ。」

そう気遣う。しばらく何も答えられず、お兄ちゃんもまた何かを言う事もなく。少し経ってからあたしは顔をあげた。

「ごめん、もう平気。冷静になったよ。」

「あんまり・・無理しないでね。ヨハネさんすぐ溜め込んじゃうんだから。」

そう言われて少し苦笑する。

「ホントにもーね・・・なんだかなぁ・・・」

そう言いながら髪をかきあげため息をつく。

「やっぱさ・・・あたし盟主とかって器じゃないよね・・・いつもいつもお兄ちゃんに頼ってばっかで・・。
なんか・・いつの間にかクラン員11人になっちゃって・・・なんてゆーか・・・
みんなこんなアホ盟主についてきていいの?みたいな・・・。」

自分の事で精一杯。そう何度思ったかしれない。何度もその事で悩んできている。
たった一つの二刀の事でこんなに考え込む女が11人のクラン員を抱えた盟主だなんて
笑い話にもならないと。その度に励ましてくれていたのは紛れもなくお兄ちゃんであって。
それがなければきっとあたしには無理だったと思う。

しばらく黙っていたが、ふとお兄ちゃんが口を開く。

「ヨハネさんは頑張ってますよ。」

「それはみんなも分かってると思うし、そんなヨハネさんだからついてきてるんです。
だからそんな事言わないでください。」

そうゆっくり言葉を選ぶように言われて『ああ、またこうやって助けられてるんだな』と思う。

「うん。ごめん。ありがと。」

それでもあたしは少し笑う事ができた。

「本当にヨハネさんはがんばってますから、これからもよろしくお願いします。」

そう言ってお兄ちゃんも笑いかけてきた。あたしも笑顔を返す。

「相方さんの事はえありすが話してるはずです。・・・ヨハネさんはしばらくギランにいるの?」

「ん・・・多分・・・。DV入り口を狩場にしてるから最近。」

「そうですか。それじゃ僕もそろそろ部屋に戻りますね、ゆっくり休んでください。」

そう言って部屋を出ようとドアに向かう。

「お兄ちゃん」

「はい?」

呼び止めた。

「ありがと・・・」

返事の代わりに笑顔を返して『おやすみなさい』と出て行った。
閉じたドアに向かってもう一度心の中でありがとうってつぶやいた。
視線を戻すと問題のエルバソが横にある。何気なく手を伸ばしそれを引き寄せる。

『ねぇラザ君・・・君がいなくなってもうすぐ3年になるけどあたしがんばってるよ・・・
沢山色んな人に支えられて今もがんばってるよ・・・』

そう心の中で呼びかける。今はもういない、そして今もあたしを守り続けているたった一人の「相方」に。

『でもこのままでいいのかな・・・?あたし・・・ずっと君に甘えたままでいいのかな・・・?』










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